もはや喫煙者というだけで、例え分煙をしていたとしても、同席を断られたり、差別・偏見の対象にされそうな勢いだ。
いまや、喫煙者は軽蔑の対象になりつつある。
おそらく今後も喫煙者への排除・疎外はすすむであろう。
そして喫煙者は減っていくことであろう。

喫煙者たちが駆逐された後、人々は次にまた“犠牲の羊”を探し出し、正当な理由付けをして誰かを叩くことになるのであろう。

次は、飲酒者であるかも知れない。肥満者かもしれない。
あるいは、ある種の病気や遺伝子を持っている人かも知れない。

今、こうなってみてあらためてなんで「タバコ」はこうも迫害されたのか?って考えてはみるよなあ。
ちょうどその導入期あたりに上京してつぶさにそこいらをみてきたので余計にしみじみとそう思う。
かつて、朝は「うえの」とか駅のホームの駅名がプラスティックのプレートに縦にかかってる柱全部に灰皿があったよな。そして朝のラッシュ時には、そこから演歌歌手のリサイタルのスモークみたいなイキオイで煙がでていた。
おれにとっての「東京の朝の駅」のイメージはこれだった。

そして交差点のたびに大きな灰皿が横断歩道の入り口にあった。
大学もそうだったな。ベンチの横にはそれぞれでかい石でできた灰皿があった。
地下鉄の駅のホームにも灰皿ってあったよな。
それがあるときを境に全部なくなった。全部。
そして、時間で禁煙になり、場所で禁煙になり、絶対に禁煙と、どんどん陣地を狭められてな。

タバコも止めてしばらく経つので、もはやタバコを吸う場所すらよくわからないよ。

不思議なのは、タバコって、地位のある方は今でもスパスパ吸ってるようなものなんだよな。誰がタバコを迫害しはじめて、どうして喫煙者であるエライヒトたちがそれに従うようになっていったのか。
基本、金持ちは金持ちに不利になるようなことはしないと思うんだけどね。

だから、いまだにダブルスタンダードというか、タバコを吸うヒトを低所得者高所得者との持つイメージはまだ両立してますよね。
いわゆる悪いイメージはその低所得者層に集中させて、セレブさんたちの喫煙に関してはそういうイメージを貼り付けないように気を使っております。

放射能に決まってんだろ
今は被災地を応援するとか言ってる連中も
あとで嫌悪感をあらわにするよ

こういう感じになっていくんでしょうかね。