今、車内マナーを乱す犯人として責められるのは、なぜ携帯電話やスマホばかりなのか。混んでいる車内で新聞をガサガサ広げながら読んだり、書き物をしているほうがよほど迷惑だと思うのは私だけだろうか。

結局、人は昔から馴染んでいる迷惑には寛大だが、今まで見たことのないもの、新しく直面する迷惑には厳しくなるものなのだ。

おっしゃるとおりと思います。
オッサンになるとわかりますけど、「新しい」はそれ自体がなんであれ脅威。そんな大げさじゃないにせよ、「ジャマくさい」と思ってしまう。
だからこそのスマホやケータイを悪とみなすわけで。
新しい→邪魔臭いから触らない→わからない→おもしろくない→うるさいって。
よく美徳のように語られる、同じ型のものをずっと愛用するっての。あれが最たるものですよね。

で、酒の席は無礼講にしても、電車の新聞にしても、ババアの井戸端会議にしても、「迷惑」を長いこと乗り越えて「迷惑だけどそれでも止められない」をすぎてみとめられた筋金入りの迷惑だったりするんですよね。
ケータイもスマホも今はそれでもまれている状態なのか。

そういうことで考えるなら、昔の「迷惑」期間を乗り越えたはずの喫煙が、今、こんなことになってるのはけっこう異例なことなのかなあと思ったり。